抗がん剤・放射線治療と食事のくふう

書籍版のご紹介

患者さんの気持ちに寄り添う食事とは

日本大学国際関係学部非常勤講師 吉田 隆子

食欲は、とても不思議な一面を持っています。

あんなに好きだった食べ物が、体の不調や、いやな思い出で大嫌いになったり、嫌いと思っていた食べ物でも楽しい人といっしょだと食べることができたりと、自分自身でも理解に苦しむような行動をしていることがあります。

私がこれまで、食欲不振に陥り、自分に不可解な食行動を感じたのは「つわり」のときでした。この「つわり」は、症状も人それぞれで個人差があるといわれています。多くの場合は、においに敏感になって気分が悪くなる、吐き気を覚える、食欲がなくなり食べると吐くといった症状です。買い物に行ったものの、食料品売り場のにおいがダメで、なにも買わずに帰ってきたこともありました。また、ごはんの炊けるにおいやお湯の沸くにおいに気持ち悪くなってしまうこともありました。特定の食べ物やにおいを好むようになったり、食べ物の好みが突然変わったりもしました。

このときいちばん苦しんだのが、食べられなかったことです。おなかの中には大きく育ってほしい赤ちゃんがいる。そのためには食べなくてはいけないことはわかっているのに、気持ちがそうならない。悩めば悩むほど食べられなくなるのです。

患者さんの気持ちも同じではないでしょうか。健康をとり戻すために、食べなくてはいけないことは患者さん自身がいちばんよくわかっています。「食べなくてはいけない」という気持ちがストレスにもなっています。このように食べられないと悩んでいる患者さんのお気持ちに少しでも添うことができたらという思いで、この本の編集にかかわりました。

私たちの「食べる」という行動は、日常あまり意識されることもなくあたりまえのこととして行なわれています。しかし、その日常から離れたとき、たとえば食べるものがない状態や健康を害して食べられない状態のときに、改めて食べることが意識されます。健康な人は、空腹のときはなにを見てもおいしく感じます。また、おいしそうに見せるための盛りつけに気を配り、赤いトマトを添えたりします。しかし、がん治療中の患者さんにとっては、それが逆に苦痛にも負担にもなる色であることもあるのです。

編集にあたって心がけたことは、料理がおしゃれになりすぎて、ふだんの生活とかけ離れすぎてしまわないようにということでした。盛りつけの量も患者さんの気持ちに負担にならない量におさえたい……現場での関係スタッフのかたがたのご苦労がたくさんありました。

長く幼児の食の教育にかかわってきた私にとって、食べたいという患者さんの気持ちはとても素直で、幼児期の食と共通しているように思われます。幼児は成長発達のために、食べてあたりまえ、食欲があってあたりまえと思われていますが、中には食べ物を前にしても、食べるという行動が出ない子がいます。食べることに心が動かないのです。

幼児には、成長のために食べなくてはいけないという気持ちはありません。目の前の食べ物に対して、「食べたいか食べたくないか」のどちらかで表現をします。心で受け止めれば食べようとしますし、気持ちが開かなければ食べないのです。

今回、この本のために選んだ料理も、家庭で簡単に調理できるように、また患者さんの心が受け止めてくださる料理であるかがポイントで、研究室の学生とともに調理を重ね検討してまいりました。

私たちは幼いころからそれぞれの家庭の中で、地域の中で、「いろいろな食べ物、食べ方」を学びながら暮らしてきています。それらはすべてその人の体の一部になっています。体にしみついてる幼いころからの食の思い出、なつかしい味や香り、そんなものにふと触れることにより、あるとき、「食べてみようか」という心の扉が開かれるのではないでしょうか。